会計士試験を、覚悟なしで始めた話

会計士試験を始めるとき、強い覚悟はなかった

会計士試験を始めると決めたとき、
当時の自分の中に、何かを賭けるような覚悟があったかと言えば、
そうではなかったと思います。

難関資格であることは理解していましたが、
その難しさが、自分の生活や将来に
どのような影響を与えるのかまでは、
具体的に想像していませんでした。

今振り返ると、
覚悟がなかったというよりも、
そもそも覚悟を必要とする挑戦だと
認識しないまま始めていた、
という方が近い気がします。

受験を決めた理由を振り返ってみても、
明確な目標や、どうしても会計士になりたいという
強い動機があったわけではありませんでした。

私が会計士試験を受けようと思った理由も、
会計士になりたいという明確な夢があったというより、
「今後の人生で困ることのないように」
と考えていた程度の、曖昧なものでした。

当時は大学生で、
目の前の生活を楽しむことに意識が向いており、
将来について深く考えきれていなかった、
という面もあったと思います。

そのため、
受験勉強がどれほど生活を縛るものになるのか、
不合格が続いたときに
自分がどういう状態になるのかといったことを、
受験当初はほとんど意識していませんでした。

「難関資格」という言葉と、自分の中の距離感

会計士試験が「難関資格」であること自体は、
受験前から分かっていたつもりでした。

ただ、その言葉が示す重さを、
自分の勉強や生活の感覚に
きちんと結びつけて理解していたかと言われると、
そうではなかったと思います。

受験を始めた初期の頃、
私は「難関資格といっても、テキストがある以上、
それを押さえれば何とかなるだろう」と考えていました。

簿記であれば、
改正さえなければテキストどおりに処理を覚えれば対応できるはずだし、
管理会計も、基本的にはテキストを暗記すれば足りる。
そんなふうに、
思考力よりも暗記量を重視した勉強で
合格できるだろうと捉えていました。

また、合格率が約10%であるという数字についても、
それがどれほど厳しい水準を意味するのかを、
当時は十分に理解できていなかったように思います。

「難しくても、とりあえずボーダーを超えればいい」
そんなふうに、
試験全体の重さを、
どこか他人事のように受け止めていました。

この「難関資格」という言葉と、
自分の中の感覚とのズレは、
日常生活の捉え方にも表れていました。

当初は、アルバイトと大学生活(在学中)とを両立しながらでも、
受験勉強は十分こなせると考えていました。
受験が生活の中心になるというよりも、
これまでの生活の延長線上に
勉強を組み込めば何とかなる。
そのくらいの感覚で、
受験を捉えていたのだと思います。

当時の自分は、「難関資格」という言葉を
自分の現実としては
捉えきれないまま、
受験を始めていたのだと思います。

勉強を始めてから気づいた、抜け出しにくくなっていた感覚

勉強を続けているうちに、
いつの間にか、
会計士試験を前提に生活している状態になっていました。

何か大きな決断をした記憶があるわけではありません。
「ここから先は戻れない」と
意識して覚悟を決めた瞬間があったわけでもありません。

ただ、気づいたら、
日々の選択や判断が
すべて受験を軸に組み立てられるようになっていました。

その状態を、
当時の自分は特別なことだとは感じていませんでした。
受験をしているのだから、
こうなるのは自然な流れなのだろう、
その程度の認識だったように思います。

今振り返ると、
その「自然な流れ」こそが、
立ち止まって考える機会を
少しずつ奪っていっていたのだと思います。

続けるか、やめるかを
はっきり選んだ覚えはないまま、
それでも受験を続ける前提だけが、
静かに固まっていっていました。

覚悟がないまま進んだことで、後から効いてきたもの

そんな状態で勉強を続けていると、
ある時から、
少しずつ違和感を覚えるようになりました。

それは、生活が苦しいとか、
明確に限界を感じた、というものではありません。
ただ、時間をかけている割に、
思うように成績が伸びていかない。

その状況が続いたとき、
「なぜ自分はこの試験を目指しているのか」
という問いが、
初めて自分の中に浮かびました。

その問いに対して、
すぐに答えが出たわけではありません。
むしろ、
何度考えても、
はっきりした理由が見つからなかった、
という方が正確だと思います。

今振り返ると、
その問いに答えられなかったこと自体、
不思議ではなかったのだと思います。

自分は、
明確な動機を持って
この試験に向き合っていたわけではなかったからです。

また、勉強の進め方についても、
当初の考えが
少しずつ重くのしかかってきていました。

テキストを覚えれば何とかなる、
暗記を積み重ねていけば届く。
そう考えて進めてきた勉強は、
想像していた以上に分量が多く、
途中で立ち止まって整理する余裕もないまま、
ただ積み重なっていく感覚がありました。

それでも当時は、
「やり方を変えればいい」
「もう少し頑張れば何とかなる」
と考えながら、
受験を続けていました。

ただ、その背景には、
「ここまで続けてきたのだから、
今さら立ち止まるのはもったいない」
という気持ちが、
あったように思います。

成績が伸びないという現実を前にして、
初めて、
この試験は
中途半端な気持ちでは続けられないものなのだ、
と感じるようになりました。

覚悟を決めずに始めた結果、
いつの間にか、
覚悟を問われる段階まで
進んでしまっていた。

あとから感じた違和感や行き詰まりは、
今思えば、
そのことに気づき始めた
最初の兆しだったのかもしれません。

今振り返って思う、「覚悟」という言葉の意味

ここまで振り返ってみて、
今の自分が強く感じているのは、
覚悟とは、
何かを始める前に気合を入れることではなかった、
ということです。

当時の自分は、
覚悟という言葉を、
「頑張る気持ち」や
「やると決める意志」のようなものだと
どこかで捉えていました。

けれど、
実際に長い受験生活を経験してみて思うのは、
覚悟とは、
もっと現実的で、
もっと生活に近いものだった、
ということです。

生活がどう変わるのか。
思うような結果が出なかったとき、
自分はどうなるのか。
その状態を、
ある程度引き受けたうえで進むこと。

それが、
この試験に向き合ううえで
自分にとって本当に必要だった覚悟だったのだと思います。

自分はそれを、
受験を始める前に
はっきりと考えたことがありませんでした。

だからこそ、
途中で行き詰まったときに、
「なぜやっているのか分からない」
という状態に陥ってしまったのだと思います。

今振り返ると、
覚悟がなかったこと自体が
問題だったというよりも、
覚悟が必要な挑戦だということを
知らないまま始めてしまったことが、
一番大きかったのかもしれません。

当時の自分の感覚が、誰かの参考になれば

ここまで書いてきたことは、
会計士試験に挑戦した一人の受験生の、
あくまで個人的な体験です。

「もっと覚悟を持つべきだった」とか、
「気合いが足りなかったからうまくいかなかった」
というような、
単純な話ではないと、
今は感じています。

ただ、
覚悟が必要な挑戦だということを
十分に理解しないまま始めてしまうと、
途中で立ち止まって考えることが
とても難しくなる場面がある、
ということは、
自分自身の経験として感じています。

これから会計士試験に挑戦しようとしている方や、
すでに受験中で、
少し立ち止まって考えている方にとって、
当時の自分の感覚が、
何か一つでも参考になれば幸いです。

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