2年間で終わらなかった前提条件――最初から、想定より遅れていた
今振り返ると、そもそも自分の受験生活は、
最初から予備校が想定しているモデルケースとはずれていました。
受験を始めてから最初の2年間は、
アルバイトをしながら大学にも通い、その合間で勉強をしていました。
時間を作っていなかったわけではありませんが、
勉強だけに生活を振り切っていたわけでもありませんでした。
その結果、
予備校が目標としている
「2年間で一通り終える」というペースでは進められず、
2年の本科生コースが終わる時点でも、
聞くべき授業はすべて終わっていませんでした。
トレーニングや演習についても、
まだ途中の段階でした。
ただ、この時点では、
それを特別な問題だとは感じていませんでした。
「まだ終わっていない」という感覚はあったものの、
「遅れている」という自覚は、
今ほどはっきりしていなかったと思います。
本科生コースの終了間際に受けた、
5月の短答式試験は、不合格でした。
けれど、その結果も、
自分の中では強い違和感を伴うものではありませんでした。
授業も演習も、
まだすべて終えられていなかった以上、
「今はこういう結果でも仕方がない」
と、どこかでそう受け止めていたのだと思います。
2年経ったからといって、
やめるかどうかを迷うこともありませんでした。
むしろ、次の1年で全部終えればいい、
という感覚に近かったです。
この段階では、
撤退する・しないという判断そのものが、
まだ視野に入っていませんでした。
上級コースに進んだ後――「次の一年で決めればいい」という感覚
本科生コース終了間際の短答式試験に不合格だったあと、
自分はそのまま、2年の本科生コースを修了した人向けの上級コースに進みました。
この時点でも、受験を続けるかどうかを深く考えていたわけではありません。
前の試験で不合格だったとはいえ、
授業も演習もすべて終えられていなかった以上、
「次の一年で整えればいい」
そのくらいの感覚で、自然と次の段階に進んでいました。
上級コースでは、これまでに受けきれていなかった授業を含め、
ひと通りの講義を最後まで聞くことができました。
内容としては、ようやく全体像が見えた、という実感もありました。
ただ一方で、演習に十分な時間を回せていたかと言われると、
そうではなかったと思います。
授業を消化することで精一杯になり、
「理解すること」と「解けるようになること」の間に、
はっきりとした差が残ったままでした。
その状態で迎えた、上級コース最初の12月の短答式試験も、不合格でした。
結果だけを見れば、また一つ失敗を重ねた形になります。
それでも、このときも強い行き詰まりを感じていたわけではありませんでした。
上級コースには、まだ半年の受講期間が残っていました。
「授業は一通り聞いた。あとは演習を積めばいい」
そう考えると、やるべきことはまだ明確に残っているように思えました。
この段階でも、撤退という選択肢は現実的ではありませんでした。
むしろ、
「この半年で演習を詰めれば、次は大丈夫だろう」
という見通しの方が、自然に頭に浮かんでいました。
初めて見えた「合格の兆し」――70%に届いたとき
上級コースに進んでから迎えた、最後の5月の短答式試験で、
初めて、得点率が70%に届きました。
それまでの自分にとって、70%という数字は、
目標として意識することはあっても、
現実的な到達点として捉えられてはいませんでした。
それがこのとき初めて、「手が届いた」と感じられる位置に現れました。
もちろん、この時点でも合格ではありません。
ただ、これまでの不合格とは受け止め方が違っていました。
足りない部分はある。
それでも、方向は間違っていない。
そんな感覚の方が強く残っていました。
この結果を見て、
自分の中では、続ける理由がはっきりしたように思います。
撤退を考えなかったというより、
考える必要がないように感じていました。
ここまで来て、やめるという選択肢は、
さらに現実味を失っていきました。
「次は届くかもしれない」
その感覚が、初めて数字として裏付けられたからです。
今振り返ると、この70%という結果は、
前進の実感であると同時に、
立ち止まって考える余地を小さくするきっかけでもありました。
希望がはっきり見えた分、
撤退のタイミングは、ますます分かりにくくなっていったのだと思います。
「次はいける」という確信――0.2%差と、その後の揺れ
70%に届いた次の短答式試験では、
合格ラインまで、あと0.2%足りず、不合格でした。
結果を見たとき、
落ちたという事実よりも、
「ほとんど届いていた」という感覚の方が強く残っていました。
不合格ではあるものの、
前回よりも確かな手応えがあったのは事実でした。
この0.2%差は、
自分の中で「惜しかった」という気持ち以上に、
「次はいける」という確信に近い感覚を生んでいました。
方向性は合っている。
あとは、ほんの少し。
そう思えるだけの材料が、揃ったように感じていました。
そのため、次の試験までの期間は、
どこかで緊張感が薄れていたのかもしれません。
勉強をやめたわけではありませんが、
「追い込まれている」という感覚は、
以前ほど強くありませんでした。
その状態で迎えた次の短答式試験では、
得点率は65%という結果でした。
数字を見た瞬間、
これまでとは明らかに違う感情が湧いてきました。
なぜここまで下がってしまったのか、というショックと、
思っていた以上の焦りを感じていました。
確かに、振り返れば甘かった部分はあったと思います。
「次はいける」という感覚に支えられて、
どこかで力の入れ方が変わっていた自覚もありました。
それでも、それまで積み上げてきたものがあった分、
「もう受かるはずだったのに」
という気持ちが、強く残っていました。
前に進んでいるつもりだったのに、
結果だけを見ると後退している。
そのズレが、静かに効いてきました。
それでも、この結果をもって、
撤退を考えるところまでは至りませんでした。
70%に届いた経験がある。
0.2%差まで迫った試験もある。
そうした記憶が、
「まだ次でもやれる」という感覚を支えていました。
今振り返ると、
この65%という結果は、
初めてはっきりとしたショックと焦りを生んだ一方で、
判断を変えるほどの決定打にはなっていなかったのだと思います。
「あと0.何%」が続く状態に慣れていった――繰り返される不合格の中で
その次の短答式試験でも、結果は不合格でした。
合格ラインまで、あとわずかに届かない。
数字としては、これまでと大きく変わらない内容でした。
この頃になると、
不合格そのものに強く動揺することは、あまりなくなっていました。
落ちた理由を一つひとつ考えるというより、
「また0.何%足りなかった」
その事実を、淡々と受け止めている自分がいました。
周りを見ても、状況は似ていました。
あと0.何%で落ちる人は珍しくなく、
何度か同じような結果を繰り返している人もいました。
この試験は、そういうものなのだ。
いつの間にか、そんな理解が自分の中にできあがっていました。
結果だけを見れば、
前に進んでいるのか、足踏みしているのか、
判断が難しい状態だったと思います。
それでも自分の中では、
「やめる理由」よりも
「続ける理由」の方が、自然に多くなっていました。
もちろん、この状況が続く中で、
一度も撤退を考えなかったわけではありませんでした。
このまま続けて、本当に意味があるのか。
どこかで、そう考える瞬間はありました。
それでも、あと0.何%で合格に届きそうな結果を前にすると、
ここでやめるのは、あまりにも勿体ないように感じていました。
これまでに積み上げてきた時間や努力が、
すべて無駄になってしまうのではないか。
そんな感覚が、強く残っていました。
70%に届いた経験もある。
0.2%差まで迫った試験もある。
65%まで下がった試験もあった。
それらを一つひとつ並べると、
「まだ十分に射程圏内にいる」
そう思える材料の方が、確かに残っていました。
今振り返ると、
それは前向きな自信というより、
失うことへの抵抗に近かったのかもしれません。
「もう少し続ければ届くはずだ」
そう思うことで、
撤退という選択肢を、
現実のものとして考えないままでいたのだと思います。
この段階で起きていたのは、
希望でも絶望でもなく、
ただ「慣れ」だったのだと思います。
あと0.何%で落ちることが、
特別な出来事ではなくなっていく。
その変化に、自分自身が気づけないまま、
時間だけが過ぎていました。
沼のように、引き返す判断が見えにくい試験だった
今振り返ると、公認会計士試験は、
自分のように、気づかないうちに深く入り込んでしまう試験でもあったと感じています。
点数は、少しずつ上がっていく。
70%に届いたり、合格ラインまであと0.何%だったりする。
数字だけを見れば、前に進んでいるように見えます。
けれど、合格までは、いつももう一歩届かない。
その状態が、何度も繰り返される試験でした。
これは、自分だけの話ではありませんでした。
周りを見ても、あと0.何%で不合格になる人は珍しくなく、
同じような位置で足踏みしている人が、何人もいました。
この試験は、そういう構造を持っているのだと、
受験生活の中で実感するようになりました。
ただ、ここで誤解してほしくないのは、
「長引いたらやめた方がいい」と言いたいわけではない、ということです。
実際、同じように時間がかかりながらも、
最後は合格をつかみ取った人たちも、確かにいました。
継続すれば、合格できる試験でもある。
一方で、0.何%という差が続くことで、
撤退を考えるタイミングが、少しずつ分からなくなっていく試験でもある。
その両方の側面を、
自分はこの受験を通して見てきたように思います。
もし今、同じような位置で立ち止まっている人がいたら、
これはあくまで、
一人の受験生が感じていたことの記録として読んでもらえたらと思います。

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