公認会計士試験|長期受験になっていた頃の自分を振り返る

この記事を書こうと思った理由

公認会計士試験を振り返る中で、長期受験になっていた頃の自分の状態や考え方に、うまくいかなかった理由があったのではないかと感じるようになりました。

特に、受験期間が長くなっていた頃の自分は、結果が出ていないにもかかわらずそれを深刻に捉えず、「続けていれば何とかなる」と考えていた時期がありました。

この記事では、そうした長期受験になっていた頃の自分の行動や考え方を、後から評価するのではなく、できるだけ当時の感覚に近い形で書いていきます。合格のための方法やアドバイスではなく、一人の受験生の記録として整理することを目的としています。

長期受験になっていた頃の自分の状態

長期受験になっていた頃を振り返ると、勉強時間そのものはそれなりに確保していました。しかし、結果が良くなっている実感はほとんどなく、勉強した時間そのものに満足してしまっていたように思います。

当時の自分は、やりたくないアウトプットから意識的に距離を置き、テキストを読むことや授業を聞くといったインプットに偏った勉強をしていました。分厚いテキストを読むことや、3時間に及ぶ長い授業を受けること自体は決して楽ではありません。ただ、その「大変さ」ゆえに、終わった後に達成感を覚えてしまい、そのまま復習や問題演習をせずに一区切りつけてしまうことが多かったです。

内心では「復習しなければいけない」と思っていましたが、「どうせまたテキストを読むから」「次の授業で触れるはずだ」と理由をつけて、復習やアウトプットを先送りしていました。結果として、インプットした内容がどれだけ身についているかを確認する機会を、ほとんど持たないまま時間だけが過ぎていったように感じます。

予備校のチューターに相談した際にも、「アウトプットが足りない」「問題集を覚えるくらいまで回せば、ある程度は点数が取れる」といった指摘を受けていました。それにもかかわらず、「その勉強法は自分には合っていない」と明確な根拠もないまま決めつけ、勉強の軸を変えることはありませんでした。

テキストを読むことや授業を聞くこと自体が悪いとは思っていません。ただ当時の自分は、インプットに時間を使っている分だけ「やった気になる感覚」が残り、内容がどれだけ定着しているのかを確かめる機会をほとんど持てていませんでした。

今振り返って分かる「共通点」

当時は特に意識していませんでしたが、長期受験になっていた頃の自分の行動や考え方を並べてみると、いくつか共通点があったように感じます。

一つ目は、勉強法が固まりきったまま、ほとんど変えようとしなかったことです。先ほども書いた通り、自分はインプット中心の勉強に偏っていましたが、その点をチューターに指摘されても、勉強の軸を変えることはありませんでした。自分の性格として頑固な面があったのも事実ですが、それ以上に、これまで続けてきた勉強法を変えること自体に強い不安を感じていたように思います。

「変えた方がいい」ということは頭では理解しているものの、ここで勉強法を切り替えてしまうと、今までやってきたことが無駄になるのではないか、という気持ちがありました。

また、チューターから「厳選された問題集を回せば大丈夫」と言われても、本当にそれだけで足りるのかという不安が拭えず、結局これまでのやり方に戻ってしまっていました。

もう一つの共通点は、「まだ受験日は先だ」と考えてしまうことです。短答式試験は年に2回実施されるため、一度試験が終わると「次まで半年ある」と感じてしまいがちでした。そのたびに、「最初の3か月でテキストを何周もして、残りの期間でアウトプットをやる」といった、今思えば現実的とは言い難い計画を立てていました。

実際には、テキストを一周するだけで時間がかかり、問題演習に十分な時間を割けないまま試験を迎えることがほとんどでした。それでも試験が終わるたびに、「前よりは成長した気がする」と感じてしまい、点数が大きく変わっていないにもかかわらず、次の試験に向けてまた同じような見積もりで半年間の計画を立ててしまっていたように思います。

当時は気づかなかったこと

受験期間が長くなるにつれて、「続けること」以外を考えなくなっていたように思います。

自分にとって公認会計士試験は、人生で初めて本格的に取り組んだ長期の試験でした。そのため、試験というものは「時間をかけさえすれば、いずれは受かるものだ」という思い込みが、どこかにあったように感じます。

その結果、勉強法がうまく機能していなくても、「時間をかけていればそのうち形になるはずだ」と考え、結果が伴っていない状況に対しても、深く疑問を持たないまま続けていました。

試験に限らず、当時の自分は、方法ややり方よりも「とにかく続けること」そのものに重きを置いていたように思います。一つ前の記事でも触れた通り、学んできたことがすべて無駄だったとは感じていませんが、「合格する」という一点で見たときには、実力面だけでなく、物事を冷静に捉える視点もまだ十分ではなかったのかもしれません。

この記事で伝えたいこと

この記事では、長期受験になっていた頃の自分の状態や考え方を、できるだけそのまま書いてきました。

今振り返ると、当時の自分は「続けていれば何とかなる」という感覚に支えられて受験を続けていた一方で、自分のやり方や立ち位置を冷静に見直す余裕を、ほとんど持てていなかったように思います。ただ、それが特別おかしいことだったとも思っていません。当時は、それが自分なりの精一杯だったのだと思います。

この文章は、「こうすればうまくいく」という話でも、「こうすべきだった」という反省でもありません。あくまで、うまくいかなかった一人の受験生が、どんな状態で長い受験期間を過ごしていたのかを記録したものです。

もし、今受験中の方がこの文章を読んで、「自分も似たような状態かもしれない」と感じる部分があれば、それをどう受け止めるか、続けるか、立ち止まるかを決めるのは、その人自身だと思います。この文章が、何かを決断するための答えではなく、自分の状況を考えるための材料の一つになれば、それで十分です。

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